名医のベスト・セラピー

妊娠を望む若い患者に福音   
初期に限るが 頸がんにはレーザーによる
「光線力学的療法」

週刊朝日 12月21日号

子宮頚がん 佐々木研究所附属杏雲堂病院婦人科
〒101-0062東京都千代田区神田駿河台1-8
TEL 03-3292-2051


体がんにも例外的な奥の手、「ホルモン療法」がある
そろそろ子供をつくろうと夫婦で話し合っている矢先に、初期の子宮頸がんと診断されました。子宮を取らずに直す方法はないのでしょうか。(大阪府・会社員・29歳)

がん細胞消失率高く妊娠成功例も多い
【子宮頸がんの場合】結婚を半年後に控えた会社員のA子さん(33)は念のために、近くの産婦人科で子宮がんの検査を受けた。集団検診で採用されている頸がんの細胞診だった。2週間後に結果を聞きにいくと、「子宮頸がんの疑陽性」と告げられ、大きなショックを受けたという。
 細胞診で疑陽性か陽性だと次はコルポスコープ(膣拡大鏡)で観察しながら組織を切り取って調べる組織診が行われる。紹介された杏雲堂病院(東京都千代田区)の婦人科で室谷哲弥部長の診察を受けた結果、やはり子宮頸がんと診断された。
 病期(ステージ)は、がん細胞が粘膜の上皮内にとどまっている0期だった(病期は0期につづいてT〜W期がある)。これなら子宮は残せると言われ、ひとまず、ほっとしたという。室谷部長は、こう説明する。
「初期の頸がんで子宮を温存する場合、浸潤の程度を調べる検査と治療を兼ねて、病変部をくりぬく『円錐切除術』を行うのが一般的です。が、病変部が広い場合、この手術をすると子宮の入り口がほとんどなくなり、正常な妊娠・分娩に支障をきたすことがあります。A子さんの病変も広範囲に及んでいました」
 A子さんには、いくつかの治療法を挙げて長所・短所を説明したうえで、「光線力学的療法(PDT)」を勧めた。まず、フォトフリンという薬(光感受性物質)を静脈注射する。この薬は腫瘍細胞に正常細胞よりも10倍も多く取り込まれて高濃度で残る性質がある。そこでコルポスコープで確認しながら病変部にレーザーを照射する。
 フォトフリンが多く取り込まれたがん細胞にレーザーを当てると、光化学反応で活性酸素が生じ、がん細胞が殺される。がん細胞には栄養を供給する血管が多数できているが、その血管も内皮細胞にフォトフリンが多く取り込まれているため、レーザー照射で壊される。つまり、がん細胞を兵糧攻めにもするわけだ。
 PDTでは、子宮頸部をほぼ原形のまま残せて、出血がない。麻酔も不要。治療は1時間半程度。A子さんは施術の様子をこう話す。
「治療中は、持ち込んだ音楽のCDを聴いていました。痛みはまったくなし。でも、あとで軽い生理痛のような鈍痛がありました」
 楽な治療のようだが、入院は20日間必要だ。フォトフリンの影響で体の光感受性が高くなり、強い光に長く当たると発疹や浮腫などを起こす可能性があるからだ。
 杏雲堂病院でこの治療を受ける患者は月曜日に入院。火曜日にフォトフリン注射をする。この日は朝から部屋を暗くし、テレビの視聴も禁止。レーザー照射は木曜日で、その日から3日間は暗い部屋で過ごす。4日目からはテレビが解禁になり、部屋も段階的に明るくなる。20日目は光の制限がなく、夕方に退院だ。
 その後も2ヵ月間は直射日光に長く当たらないようにし、半年は海水浴など強い紫外線を浴びる行動を避ける。
 A子さんは結婚式を予定より2ヵ月遅れて挙げた。8ヵ月後に妊娠がわかったときは本当に嬉しかったという。順調に経過し、元気な女の子を正常に経膣分娩した。
 PDTの適応は、リンパ節への転移がほとんどないTa期までが原則という。
 杏雲堂病院では、子宮頸がんに対するPDTを日本で初めて実施し、現在までに286人治療している。うち96%が1度の治療でがん細胞が消え、取り残しがあって2度治療した人を含めると98%が成功だった。治療後に妊娠した人は、40人という。未婚の患者もいることを考慮すると好成績といえる。
「近年は20代で子宮頸がんになる人が増え、保存的治療へのニーズが高まっています。現在、PDTを実施している病院は15ほどですが、フォトフリンより細胞での残留時間が短い新薬も開発されるなどで、やがて多くの病院でやれるようになるでしょう」

希望者に六つの条件 再発、進行の危険も
【子宮体がんの場合】かつては子宮体がんは子宮がん全体の5%程度だったが、じわじわと増え続け、99年の日本産婦人科学会の統計では40%に達した。ピークは50代だが、不妊治療をしていて見つかる30代の患者もいる。
 これは、子宮体部の内側を覆っている子宮内膜に発生するがんで手術で子宮を摘出するのが治療の原則だ。子宮摘出をすれば、当然、妊娠できなくなるので、若い患者には大問題だ。
 が子供がほしい人には、奥の手がないこともない。それがホルモン療法だ。ただし、次に挙げる六つの条件をクリアしなければならない。
@40歳以下の患者
AステージがTa期(がんが子宮体部に限局され、浸潤していない)
B組織所見が文化型(正常内膜に近く、ホルモン剤が効きやすい)
Cホルモン療法のリスク(後述)をよく理解している
D2〜4週に1度の通院を守る
Eまだ子供がいなくて強く妊娠を希望する
 結婚3年目で子供がいないB子さん(34)不正出血が気になり、北里大学病院産婦人科で上坊敏子助教授の診察を受けた。子宮内膜組織診やMRI(磁気共鳴映像法)などの検査で体がんのTa期とわかった。
 上坊助教授は手術を勧めたが、B子さんは「どうしても子供がほしい」と譲らず、6条件を満たしていたのでホルモン療法を選んだ。
 体がんの発生には女性ホルモンのエストロゲンが関係している。これに対抗するもう一つの女性ホルモン、プロゲステロンに似た作用の合成薬(商品名ヒスロンH)を1日3回服用して、がんを治そうとするのがホルモン療法だ。
 B子さんはこの療法をはじめて12週間後には細胞診、組織診とも陰性となり、その後も異常が見られず、32週で治療を終了。その11ヵ月後に妊娠し、男児を出産した。
 副作用としては凝固能亢進による血栓症、肝機能低下、体重増加などがある。最大のリスクは、がんが治らずに進行する例もあることだ。北里大学病院では87年から02年までに29人の体がん患者をホルモン療法で治療し、2人が進行した。がんが完全に消えなかった患者も9人いる。
 この11人と、がんがいったんは完全に消えたが再発した5人を合わせた16人は結局、手術で子宮を摘出したという。残る13人中、妊娠に成功したのは5人だ。上坊助教授は、「有効率は約60%、妊娠例は15%程度で、再発もあり、不完全な治療法と言わざるをえません。医師が、もう限界だと言ったら従ってください。」
 と、あくまで例外的な治療であることを強調している。
                        竹本和代、堀口明男