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治療最前線 子宮頸がんの光線力学的治療 月刊がん もっといい日 2月号 日本医療情報出版 2002年2月 取材先 室谷哲弥 婦人科部長 佐々木研究所附属杏雲堂医院 TEL 03-3292-2051 FAX 3292-3376 〒101-0062東京都千代田区神田駿河台1-8 |
光化学反応から生じる活性酸素でがんを死滅させる 子宮頸がんの治療法は手術と放射線、抗がん剤の3つの治療法が基本だが、早期がんで妊娠・出産を望む場合、現在、最もポピュラーな治療法は円錐切除術だ。がんのできた子宮頸部をメスで円錐状に刳り抜き、子宮を温存し妊娠を可能とさせる手術である。ほかにメスの代わりにレーザーで切除する高出力レーザー療法もあるが、正常組織への損傷が最小限で、子宮をほぼ原形のまま残せる光線力学的治療が、妊娠・出産を可能とさせるもっとも理想的な治療法である。 光線力学的治療法はフォト・ダイナセラピー(PDT)という。がん病巣に滞留する光感受性物質とレーザーの光化学反応(励起状態)から生み出された活性酸素によって、子宮頸部のがん細胞を死滅させる治療法だ。1989年に佐々木研究所附属杏雲堂病院の医師グループによって始められた。その後、94年に厚生省(現厚生労働省)の認可を受け、翌95年から健康保険も適用されるようになった。 「PDTでは治療の前にフォトフリンを静脈へ注射しますが、フォトフリンは腫瘍組織に集まる性質があり、正常細胞の約10倍取り込まれる。一方、正常細胞からは早く代謝(排泄)される性質を持つ。そのため注射後48〜72時間経過すると、腫瘍組織にフォトフリンが高濃度に滞留するようになるのです」(室谷部長) 腫瘍組織に残ったフォトフリンがレーザー照射によって光化学反応を起こし、発生した活性酸素によってがん細胞の細胞内小器官=ミトコンドリアなどを酸化・壊死させる。また、がん細胞を養っている新生血管の内皮細胞にもフォトフリンが多量に取り込まれており、レーザー照射によってそれも消滅させることがわかっている。 円錐切除術は膣側から、がん病巣と一緒に正常組織を円錐状に切り取ってしまう。その結果、(1)流産や早産を起こしやすくなったり、(2)頸管腺の消失による頸管粘液の減少や、子宮口の癒着から不妊症に陥ったりするが、PDTでは子宮膣部がそのまま残るので、支障の出ることはほとんどない。 「また、PDTは痛みや出血がほとんどないので、麻酔や輸血の必要がありません」(室谷部長) 加えて、患部への侵襲が少ないことから、手術が危険な合併症のある患者や高齢者でも治療を受けられるという利点もある。 高度異形性の前がん病変とIa期までのがんが適応対象 PDTは早期の子宮頸がんの治療法だが、もう少し正確に言うと子宮頸がんの前がん病変である高度異形成と、ステージ0期とIa期までの早期がんが適応対象である。 周知のように子宮頸がんは、多種多様ながんのなかでも、前がん病変の段階から早期発見の可能ながんだ。最初、子宮頸部の表面=上皮のなかに異常細胞がほんの少し出現し軽度異形成の状態を呈する。その後、徐々に異常細胞が増え、正常細胞と異常細胞の数が半々ぐらいになる中等度異形成となる。 初期の軽度異形成の段階では、異常細胞をそのまま放置していても約70%が自然消失し、中等度異形成でもかなりのものが消失する。 「しかし、上皮の表層までが異常細胞で大半を占められる高度異形成に進展すると半数以上が消失しないで、さらに上皮内がん(ステージ0期の子宮頸がん)へ進むことから治療対象となりPDTの適応となります」(室谷部長) ステージ0期の上皮内がんとは、腫瘍細胞が上皮内にとどまっているものだ。上皮の下に間質組織が存在するが、腫瘍がこの間質へ浸潤しながら、あくまで子宮頸部にとどまっているのがステージI期のがんである。 I期の子宮頸がんはIa期とIb期の2つに分けられる。腫瘍の間質浸潤の深さが5mm以内で、縦軸方向への広がりが7mmを超えないのがIa期のがんで、腫瘍の間質浸潤の深さと広がりがIa期を超えるものがIb期のそれだ。 「Ia期はさらに腫瘍の間質浸潤の深さが3mm以内のIa-1期と、それが3mmを超え5mm以内のIa-2期に分けられますが、PDTで治療できるのはステージ0期からIa-1期までの早期がんです。ただし、Ia-2期のがんの場合、間質浸潤が5mmを超えるIb期へ進展している可能性も高いので、慎重に検査を行ってからPDTを行います」(室谷部長) 子宮頸がんの前がん病変である高度異形成が集団検診で見つかるのは年間2000人以上。0期とIa期のがんが発見されるのはそれぞれ年間約3000人と約1000人に達し、子宮頸がん患者の約55%を占める。高度異形成の患者も含めると、PDTの適応対象となる患者はきわめて多い。 一方、治療前の子宮頸部病変は、膣拡大鏡針(コルポスコープ)による観察所見によって3つのタイプに分けられる。 「タイプIは子宮膣部に病変が限局しているもの、タイプIIは子宮頸管部に病変が及んでいるが、その病変の上限が確認できるもの、さらにタイプIIIは頸管部の奥深くまで病変が存在するものです」(室谷部長) このうちタイプとIとIIはPDTの治療対象となるが、タイプIIIは病変の上限を確認できず、盲目的なレーザー照射となることからPDTの適応対象外とされている。 難点は光線過敏症による発赤やシミ、ソバカス PDTは早期の子宮頸がんで、妊娠・出産を望む際のもっとも理想的な治療法だが、光感受性物質のフォトフリンを注射すると、しばらくの間、光線過敏症を生じることが大きな難点である。 「フォトフリンは皮膚の細胞にしばらく残るため、日光や照明の強い光線に当たると光化学反応をおこし、光線過敏症からシミやソバカスなどが残ることがあるので、遮光管理が必要となります」(室谷部長) フォトフリンが体に残っている間は、日光や明るい照明に当たらないように遮光管理に努めねばならない。早ければ5〜6日で退院できる円錐切除術に対して、PDTが最低でも20日間の入院期間を要するのは、厳格な遮光管理が求められるからである。 退院しても約2ヵ月間は紫外線の強い日の外出や、直接日光に当たることを可能な限り避けねばならない。そして、退院後約半年間は海水浴やスキーなど強い直射日光に当たることは控える必要がある。 「最近はPDTを受ける前に日焼けをしておくと、治療後の光線過敏症が生じにくいので、シミやソバカスの予防に役立つことがわかってきました」(室谷部長) 日焼けサロンで軽く肌を焼いてから、PDTを受ける人も増えている。 子宮膣部はもちろん、子宮頸管部も照射が可能 では、具体的にPDTの治療経過を見てみよう。 入院第1日目は、コルポスコープで病変部を観察しスケッチを行う。確実にレーザーをがん病巣へ照射すると同時に、治療3ヵ月後にがん病巣の消失を確認するためだ。 入院第2日目は、フォトフリンを静脈へ注射し、照明を10ルックス以下に落として遮光管理を始める。10ルックスとはロウソク10本分の明るさで、目が馴れれば日常生活も可能である。 フォトフリンを投与してから48時問後、入院第4日目にレーザーを病変部へ照射。膣鏡で膣を押し広げ、レーザーの治療用光路が組み込まれたコルポスコープで病変部を目で確認しながらレーザーを当てる。 「レーザーが当たる照射範囲は直径1cmの円形スポットです。同じ円形スポットに約5〜6分間照射します」(室谷部長) 病変部すべてに確実に照射するため、五輸マークを描くように円形スポットの周辺を重ねて照射する。円形スポットをずらしながら、10回繰り返して照射すると約1時間かかる。がん病巣が子宮膣部(子宮頸部が膣側へ飛び出しているところ)にある場合は、レーザー光路付きコルポスコープで照射する。しかし、がん病巣が子宮頸管に発生している場合は、レーザーが前方に30%、側方に70%分散照射できる全周性側方照射型プローブ(サービカルプローブ)を用いる。 「あらかじめ子宮鏡(ヒステロスコープ)などで頸管内の病変部の位置と広がりなどを確認し、そのうえでサービカルプローブの先端を頸管の病変部上限まで挿入します。その後、正確に1mmごとにサービカルプローブを引き抜きながら照射を繰り返し、病変部すべてにレーザーが当たるように照射し、がん病巣を死滅させるのです」(室谷部長) もちろん麻酔や輸血が不要であることは言うまでもない。患者はレーザー照射中、CDプレーヤーなどで好きな曲を聴きリラックスしていればよい。 投与後20目までに、徐々に照明の明るさを上げていく レーザー照射後は遮光管理に重点を置く。フォトフリンの投与後4日間は照明を10ルックス以下に抑えた病室で過ごすが、その後は徐々に照明の明るさを上げていく。 「投与後5日目からは、遮光管理の上限を30ルックスまで上げます。テレビを見ることもできるようになります」(室谷部長) 投与後8日目になると、遮光管理の上限が60ルックスまで上げられる。スタンドをつけた明るさだ。その後、遮光管理の上限が11日目から100ルックス、15日目から150ルックス、19日目から200ルックスヘ引き上げられ、20日目から制限が一切なくなり、日没後の夕方に退院するのが通常のコースである。 「入院中は日焼け止めクリームやUVカットのファンデーションを使用するとよいでしょう。遮光管理の病室を出るときは、必ずサングラスや頭巾、手袋、靴下、スカーフ、長袖の服を着用し、むやみに体を光にさらさないように心がける必要があります」(室谷部長) シミやソバカス対策として、補助的にビタミンCを服用することも効果的だ。 きわめて少ないPDTの受けられる先進的病院 室谷部長が1989年以来、PDTを施した高度異形成の前がん病変とIa期の早期子宮頸がんの患者は214人にのぼる。日本で最も多いことは言うまでもない。 室谷部長が手がけたPDTによる子宮頸がんの治癒率は99%近い。現在まで再発した症例は皆無だ。PDTを受けた後、妊娠・出産を果たした女性は数多く、ほとんどが正常な経膣分娩による出産である。 「なかには円錐切除術を受けたが、術後、がん病巣の取り残しを発見された患者が、PDTによって残存病変を死滅させ、妊娠・出産に至ったこともあります」(室谷部長) 本来は子宮全摘出術が必要となる症例だったことから、PDTの新たな可能性を示したものと言える。 現在、PDTを受けられるのは杏雲堂病院(東京)をはじめ、旭川医大付属病院(北海道)、東京医大病院(東京)、神奈川県立がんセンター(神奈川)、浜松医療センター(静岡)、浜松医大付属病院(静岡)、大阪市立総合医療センター(大阪)、兵庫県立成人病センター(兵庫)、広島市民病院(広島)、山口大学医学部付属病院(山口)、徳島大学医学部付属病院(徳島)、佐賀県立病院好生館(佐賀)、長崎大学医学部付属病院(長崎)、久留米大学医学部付属病院(福岡)などだ。 最近は妊娠・出産を希望し、PDTを受けたいと願う患者が急増している。にもかかわらず、PDTが行える病院はきわめて少ない。多くの子宮頸がんの患者が受けられるように、その普及が切実に望まれている。 |