子宮頸がんに関する検診と治療の質疑応答を
載せています


月刊がん もっといい日 2月号 
日本医療情報出版 2005年2月

坂本優 杏雲堂病院婦人科副部長
101-0062 東京都千代田区神田駿河台1−8
TEL 03-3292-2051
FAX 03-3292-3376
http://www.kyoundo.jp
がん相談室 子宮頸がん
 杏雲堂病院婦人科 坂本 優副部長


○質問1 検査のための手術は避けたいのですが、ほかに方法はないですか?
 次女(27歳)が子宮がん検診で要精密検査の連絡を受たのは先月です。不安を抱きながら病院へ精密検査を受けに行ったのですが、うまくいかず、何回も検査をやり直し、結局、手術による円錐切除を勧められました。
 次女の細胞診の結果はクラスWだったそうです。どのくらい浸潤しているのかを調べるため、患部を切除したいと説明されました。しかし、次女は未婚で、将来子どもを産みたいと望んでいます。円錐切除術(を受けても出産は可能とのことですが、できたら検査のための手術は避けたいと考えています。もっとほかによい方法はないでしょうか。
(埼玉県女性 54歳)

○回答
子宮がん検診では子宮頚部の細胞を採取し、それを顕微鏡で見てがん細胞の有無を確かめる細胞診を行います。細胞診の結果は、クラスTからXまでの5段階に分けられ、Tは正常細胞で、Uは異常細胞を認めるが良性のもの。しかしクラスVは異形成(細胞の核にだけ異常を認め、細胞質は正常なもの)を疑うもの、Wは子宮頸部の上皮にがん細胞がとどまっている上皮内がん、Xは上皮を越え間質までがんが浸潤している浸潤がんです。クラスV以上の結果が出たときは精密検査が必要とされ、子宮膣部をコルポスコープで見ながら病変粗織を採取する組織診を行います。切除鉗子(パンチ)で組織を採るためパンチバイオプシーとも呼び、がんの浸潤の有無やその程度などが判明します。
 組織診がうまくいかないのは病変部が子宮膣部に見あたらず、子宮頸管に存在しているのが原因かもしれません。パンチバイオプシーは子宮膣部の病変部を容易に採取できますが、子宮頚部のそれを採るのは難しいからです。
 一方、円錐切除術は検査の要素を併せ持つ手術の一つで、子宮頸部の膣側を底部として、円錐状にその一部を数センチにわたってくり抜きます。術後、病理組織検査でがんの進行程度を調べ、必要に応じて再手術を行います。円錐切除術だけなら妊娠・出産も可能なので、パンチバイオプシーの代わりに勧められたのだと思います。
 円錐切除術を受けたくなければ、代わりにキュレットという細い金属製の器具を子宮頚管に挿入し、病変組織を削りとる組織診をお勧めします。主治医にキュレットによる組織診が可能な病院を紹介してもらうとよいでしょう。
 組織診で上皮内がんか、浸潤がんでもステージTa-1期の早期がんと認められたときは、切らずに子宮の温存が可能な光線カ学療法(PDT)で治療できます。PDTはあらかじめフォトフリン等の光感受性物質を患者の静脈に注射し、腫瘍にフォトフリンが高濃度に滞留したところを見計らって、がん病巣ヘレーザー照射する治療法です。フォトフリンとレーザーが光化学反応を起こし、それにより発生した活性酸素ががん細胞を酸化し壊死させるのです。


○質問2 放射線+抗がん剤治療は手術に比べて治療成績はどのくらいですか?
 県立病院で子宮頸がんと診断され、手術と放射線療法を行っています。腫瘍が子宮頸部から膣のほうまで広がり、U期の進行がんと考えられるそうです。看護師の友人から、放射線と抗がん剤で治す方法もあると聞きました。手術は子宮やその周辺の卵巣や卵管、リンパ節などを大きく切除するため、排尿障害やリンパ浮腫などの障害が残るとのことなので、できるものなら私も放射線と抗がん剤による治療を受けたいと思います。
 手術と比べたところの治療成績など、放射線と抗がん剤治療について教えてください。(大分県女性 43歳)

○回答
 進行病期U期の子宮頸がんは、日本では手術単独、もしくは手術の前後どちらかに放射線治療を加える手術+放射線療法、手術の前に抗がん剤による化学療法を加えた方法などで治療するのが主流です。放射線のみの治療は手術のできない高齢者や合併症を持つ患者に限られていました。
 しかし、1999年にNCI(米国立がん研究所)から「進行子宮頸がんの生存率を大幅に改善するには、放射線治療にシスプラチンを主体とした抗がん剤治療を同時併用する放射線化学療法が最も有効な治療法である」とする「緊急提言」が発表されて以来、日本でも進行子宮頸がんに同療法が愛知県がんセンターや群馬大学医学部附属病院などで試みられています。愛知県がんセンターでは進行病期Ub期の子宮頸がんの患者12人に放射線化学療法を行ったところ、3年生存率91.7%という優れた治療成績をあげています。加えて、子宮が温存され、リンパ浮腫等の障害も避けられるという利点から、患者さんが放射線化学療法に期待を寄せられるのも無理からぬことですが問題点もあります。
 一つはNCIの「緊急提言」の根拠となった5つの大規模臨床試験の結果は、いずれも放射線療法と放射線化学療法の治療成績を比べたもので、手術(手術+放射線療法を含む)と比べたものではないということです。愛知県がんセンターの治療成績も同様ですから、放射線化学療法が手術よりも優れているという結論は直接導き出せません。もう一つは欧米と日本の放射線療法(腔内照射)の方法が異なっていることです。腔内照射は膣の中に放射線源を挿入し、そこからがん病巣に放射線を当てる方法ですが、欧米では弱い放射線を24時間近くかけて照射する低線量率照射法が一般的で、日本では強い放射線を10数分で照射しきる高線量率照射法が広く普及しているのです。後者の普及している日本では化学療法に高線量率照射法を件用する治療は、効果よりむしろ血液毒性(白血球減少等)や消化器毒性(腸閉塞、直腸出血等)など副作用が大きいかもしれないと考えられます。
 さらに、日本の手術方法は子宮全摘と同時に周辺のリンパ節も徹底的に取るリンパ節郭清を行うため子宮周辺(局所)からの再発がより抑えられ治癒する可能性を高められます。そうした事情から日本ではT、U期は手術が治療の主流となっているのです。
 放射線化学療法は始められたばかりで、5年生存率等の長期予後がまだ不明です。手術や手術+放射線療法のほうが長期予後も明らかで、もっとも確実と言えます。


○質問3 子宮頸がんからの肝移転に、抗がん剤はどのくらい効き
ますか?

今年の2月に子宮頸がんの手術を受けた46歳の姉が、肝臓にがんを再発させました。先月の定期検査で、直径2p大のものが2個確認されたとのことです。再発による症状はこれといったものもなく、これまでと同じように過ごしていまが、「化学療法を行いますから入院してください」と主治医から言われました。しかし、最初の抗がん剤治療がよほど苦しかったらしく、抗がん剤で苦しむのは嫌だとなかなか首を縦にふりません。姉を説得したいので、抗がん剤治療の治療効果を教えてください。
(岐阜県女性 41歳)

○回答
子宮頸がんの再発は、もともと子宮の存在した骨盤内が最も多く半分以上を占めます。骨盤外への再発は大動脈周囲リンパ節や骨、肺、腹膜、肝臓等があげられ、私どもの経験では肝転移が見つかつた場合、同時に肺転移や骨転移が発見されることも少なくありません。残念なことですが、今のところ遠隔転移した子宮頸がんは治癒が困難です。症状の改善やQOL(生活の質)の向上、生存期間の延長が目的となります。
 子宮頸がんが肝臓に再発したときは、手術を行うこともありますが、通常は抗がん剤で治療します。肺転移は手術による切除で長期予後が改善したという報告も発表されていますが、肝転移ではそうした報告がないからです。
 原発巣の組織型や初回に使われた抗がん剤にもよりますが、再発子宮頸がんに対する化学療法は、シスプラチンをベースとしたプロトコール(薬剤の組み合わせと投与方法)が一般的です。いずれも種瘍が半分以下に縮小する奏効率は20〜30%で、標準的な化学療法というのは確立されていません。
 欧米では奏効率が35〜45%にのぼるTP療法(パクリタキセル+シスプラチン)が標準治療で定着しています。日本では最近、TJ療法(パクリタキセル+カルボプラチン)が試みられ、67%という優れた奏効率をあげています。
 化学療法によって再発・転移巣がかなり小さくなれば、延命効果が期待できるかもしれません。2〜3コース行えば治療効果の有無が判明しますから、「効果なし」とわかったら別の抗がん剤の組み合わせに切り替えます。
 率直に言って、お姉さんの病状はかなり厳しいことが想定できます。抗がん剤の副作用で苦しむ可能性も大きいので、化学療法をやめ、なんらかの症状が現れたら、そのつど症状を和らげる緩和治療に徹するのも一つの方法だと思います。だれにも確実な予後はわかりませんが、経験から肝臓を含む他臓器へ再発した子宮頸がんの予後は1〜2年だと思います。


坂本 優(さかもと まさる
1957年 生まれ。
1986年 東京医科大学大学院終了、医学博士。
1988年 杏雲堂病院婦人科
1990年 米ローレンス・リバモア国立研究所
1991年 米カリフォルニア大学サンフランシスコ校へ留学。
1992年 杏雲堂病院婦人科へ。

「病気を診ずして病人を診よ」という慈恵医大の創設者・高木兼寛の言葉を座右の銘に、常にEBM(科学的根拠に基づいた医療)を心がけると同時に、患者本位の医療を心がけている。とりわけ、早期がんは臓器の温存やQOLの維持・向上を目指す一方、進行がん・再発がんは患者の希望に沿った方法で症状の改善や延命をはかり、充実した人生が送れるようにサポートしたいという。
厚生労働省研究班「婦人科がんの発生・進展の分子機構解析に基づいた新しい分子診断・治療法の開発」の主任研究者としても活躍し、DNAマイクロアレイによるがんの遺伝子分析などの研究で業績をあげて注目されている。