| 1882年 |
明治15年 |
佐々木東洋、神田駿河台の地に杏雲堂醫院創立(6月1日) |
| 1894年 |
27年 |
佐々木政吉(杏雲堂醫院第二代院長)自邸敷地に研究室を新築、結核に関する研究を開始(後の佐々木研究所の母体) |
| 1903年 |
36年1月 |
佐々木隆興(杏雲堂醫院第三代院長)、政吉の研究室を譲り受け改造して研究に従事 |
| 1923年 |
大正12年9月 |
関東大震災のため杏雲堂醫院および研究所全焼 |
| 1924年 |
13年5月 |
佐々木研究所、応急建築にて研究再開 |
| 同上 |
同上 |
佐々木隆興、「細菌によるアミノ酸の分解に関する研究」で帝国学士院恩賜賞を受賞 |
| 1935年 |
昭和10年2月 |
佐々木隆興、吉田富三、アゾ色素によるラット肝癌発生をVirchow's Arch.に発表 |
| 1936年 |
昭和11年6月 |
佐々木隆興、吉田富三、「アゾ色素肝癌に関する研究」で帝国学士院恩賜賞を受賞 |
| 1938年 |
昭和13年5月 |
佐々木研究所、本建築落成(駿河台2−2) |
| 1939年 |
昭和14年1月 |
財団法人「佐々木研究所」設立認可 |
| 同上 |
同上 |
佐々木隆興、初代理事長兼研究所長に就任 |
| 1940年 |
昭和15年11月 |
佐々木隆興、文化勲章を受章 |
| 1941年 |
昭和16年12月 |
佐々木隆興、杏雲堂醫院を財団法人「佐々木研究所」に寄付 |
| 1950年 |
昭和25年 |
腹水型肝癌の開発とこれを材料とする研究開始 |
| 1953年 |
昭和28年4月 |
吉田富三、第二代研究所長に就任 |
| 同上 |
昭和28年11月 |
吉田富三、「吉田肉腫の病理学的研究」により再度の日本学士院恩賜賞受賞 |
| 1954年 |
昭和29年9月 |
日本育英会法の指定研究所となる |
| 1959年 |
昭和34年11月 |
吉田富三、文化勲章を受章 |
| 1966年 |
昭和41年10月 |
第九回国際癌会議、東京で開催。名誉会長に佐々木隆興、会長に吉田富三所長就任 |
| 1968年 |
昭和43年1月 |
研究所増築 |
| 1974年 |
昭和49年4月 |
佐々木洋興、第三代研究所長に就任 |
| 1990年 |
平成2年6月 |
「(財)佐々木研究所50年史」刊行 |
| 同上 |
平成2年9月 |
研究所棟落成、三部門(病理部・生化学部・細胞遺伝部)を設置 新たな研究活動を開始 |
| 同上 |
同上 |
佐々木本道、第四代研究所長に就任 |
| 1995年 |
平成7年10月 |
橋本嘉幸、第五代研究所長に就任 |
| 1997年 |
平成8年9月 |
橋本嘉幸、吉田富三賞を受賞 |
| 2001年 |
平成13年4月 |
黒川雄二、第六代研究所長に就任 |
| 同上 |
平成13年10月 |
前川昭彦、第七代研究所長に就任 |
| 2006年 |
平成18年4月 |
黒川雄二、第八代研究所長(理事長兼任)に就任 |
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臨床研究に特化するため6研究部門を設置し、部長及び主任研究員(全て、杏雲堂病院又は湘南健診センターと兼任)を任命 |
| 2010年 |
平成22年4月 |
関谷剛男、第九代研究所長に就任。腫瘍ゲノム学系臨床研究部門を新設。部門数 7、部長 9、主任研究員 9、研究課題 22。 |